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大善知識 (だいぜんぢしき)
【更新時刻】 2009/06/21 20:56:51
【分類】 [教義] [人物]
【参照URL】
【関連語】 善知識高森顕徹
【意味】 (→意味追加)
(1) 「善知識」を参照のこと。 [seaglet]

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第四の星 (だいよんのほし)
【更新時刻】 2006/12/23 01:40:14
【分類】 [発行]
【参照URL】
【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 親鸞会医学部が発行していた機関紙の名前。
1980年4月1日、創刊。
医学の目的は「第一に延命、第二に苦痛の除去、第三に社会復帰」の三つと言われ、親鸞会医学部ではこれらに人生の目的を知らせることを追加し、仏心を体現する医師として「第四の星」を目指すところから、この機関紙名となった。 [seaglet]

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高森顕徹 (たかもりけんてつ)
【更新時刻】 2010/08/11 05:26:53
【分類】 [組織] [人物]
【参照URL】 http://seaglet.sakura.ne.jp/chtable.html
【関連語】 愚童釈顕徹
【意味】 (→意味追加)
(1) Takamori, Kentetsu. 高森顯徹。浄土真宗親鸞会の創始者であり初代会長である。
親鸞会の信者たちからは「蓮如上人以来の善知識」として位置づけられており「無二の善知識」「唯一無二の善知識」「絶対無二の善知識」と仰がれている。信者の中には「親鸞聖人の生まれ変わり」「阿弥陀仏の御化身」とまで仰ぐ人もいる。
ただし、高森顕徹氏は自らを「絶対無二の善知識」「阿弥陀仏の化身」と宣言したことはない。「絶対無二の善知識」「阿弥陀仏の御化身」と信者から呼ばれていることを黙認しているに過ぎない。

高森顕徹氏の年表については本サイトの9ch(http://seaglet.sakura.ne.jp/cgi-bin/clickrank/click.cgi?ch=9)を参照のこと。

また、高森顕徹氏については親鸞会の公式サイトでも紹介されており、この公式サイトでは明らかにされていない信仰経歴等については批判サイトで紹介してあり、お互いが補完するような形で記述されてあった。そこで、この辞書ではそれらについても紹介することにした。
[seaglet]
(2) 親鸞会の公式サイトでの説明(2007年8月10日現在)は次の通りです。

 ■会長:高森顕徹先生の紹介
 世界の光と仰がれる親鸞聖人の教えを、浄土真宗と言いますが、今日の浄土真宗は、葬式仏教、法事仏教と言われて久しく、衰退の一途を辿っています。
 この現状を嘆かれ、何とかして本当の親鸞聖人の教えを、明らかにしなければならないと親鸞会を結成されたのが、高森顕徹先生です。

 敗戦後まもない混乱期より、日本各地で情熱的な布教を展開され、それによって親鸞聖人の教えを聞き求める人が陸続と現れました。昭和33年宗教法人・浄土真宗親鸞会を結成。以後、日本にとどまらず、ブラジル、アメリカ、台湾、韓国、香港など世界各国を布教に回られています。

「親鸞聖人の教えを、正確に、速やかに、
 一人でも多くの人にお伝えする、
 これ以外に親鸞会の目的はありません。
 今後もそれは変わりません。
 どうすれば本当の親鸞聖人の教えが明らかにできるか、
 親鸞会の目的は、ただこのこと一つであって
 他には何もありません」
 (平成10年10月:浄土真宗親鸞会結成40周年記念講演より)

 現在は、毎月富山県射水市の親鸞会館にて、法話や教学講義を設けられています。

■ 経歴 昭和04年 富山県氷見市生まれ
龍谷大学在学中より、各地を布教に回られる
昭和27年 親鸞会館の前身である『徹信会』を結成
昭和33年 浄土真宗親鸞会を結成
富山県を中心に、滋賀、岐阜など各地で布教を展開
昭和44年 『こんなことが知りたい』1 発刊
(現在、『こんなことが知りたい』4まで発刊される)
昭和49年 『白道燃ゆ』発刊
昭和56年 初のブラジル、ハワイ、アメリカで講演
昭和59年 初の台湾で講演
『本願寺なぜ答えぬ』発刊
平成06年 初の韓国で講演
平成09年 大阪城ホール、東京国際フォーラムで講演
平成12年 著書『光に向かって100の花束』発刊(現在63万部)
平成13年 『なぜ生きる』を監修(現在55万部のロングセラー)
平成16年 2000畳の大講堂を建立。
(畳敷きの建造物では世界最大)
平成17年 5月 正本堂落慶法要
平成18年 11月 親鸞聖人報恩講でのべ2万人の参詣(2日間)
平成19年 4月 香港で講演
[seaglet]
(3) 浄土真宗親鸞会被害 家族の会のサイトでの説明(2007年8月10日現在)は次の通りです。

■高森顕徹氏
親鸞会の創始者である高森顕徹氏は昭和4(1929)年に富山県氷見市の浄土真宗本願寺派末寺の次男として生を受けました。昭和20(1945)年に特攻隊を志願して予科練(海軍飛行予科練習生)に入りました。

このときの体験が基となり後の親鸞会を軍隊のような組織に着色したこともありました。

戦争終結後には気も狂わんばかりのショックを受け、医療の道を志そうとしましたがそれも叶わず、失意のうちに龍谷大学に入学しました。

在学中に浄土真宗の同人誌を中心とした集まりであった華光会(後の宗教法人浄土真宗華光会)に入り求道しました。華光会では伊藤康善氏を師と仰ぎ先輩たちの指南を受けて、昭和21(1946)年の夏に宗教体験をし、その体験手記を同人誌に載せていました。また、華光会で高森氏は処女作となる宗教書も著し出版していました。

昭和27(1952)年には親鸞会の前身である徹信会(富山県高岡市)を結成しましたが、この時点では華光会とも交流があり、昭和33(1958)年に宗教法人浄土真宗親鸞会を設立して以降は次第に疎遠になっていきました。

高森会長は親鸞会結成以後にも何冊かの本を出すことになりますが、執筆の際には伊藤康善氏や大沼法龍氏などの著書を参考にすることが多く、その引用が多々見られます。

高森会長は華光会同人の頃から説法力では定評があり、師の伊藤康善氏も高く評価していました。昔は信者を相手にして朝まで話し込んでいたこともありました。このようにエネルギッシュな説法で信者を魅了していた高森会長でしたが、還暦を迎えるようになる頃より説法の際にアシスタントを使うようになりました。高森会長の説法ビデオは教団によって厳重に管理され、「ビデオ御法話」として各地で上映されています。 [seaglet]

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たびすた (たびすた)
【更新時刻】 2007/07/08 10:06:52
【分類】 [活動] [サークル] [学生]
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【関連語】
【意味】 (→意味追加)
(1) 宗教団体浄土真宗親鸞会の学生サークル名。 [seaglet]

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旅と哲学 (たびとてつがく)
【更新時刻】 2007/07/08 10:06:52
【分類】 [サークル] [学生]
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【関連語】
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(1) 宗教団体浄土真宗親鸞会の学生サークル名。 [seaglet]

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歎異抄研究会 (たんにしょうけんきゅうかい)
【更新時刻】 2007/07/08 03:34:57
【分類】 [サークル] [学生]
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【関連語】
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(1) 福井大学から始まった親鸞会の学生サークルの名前。略して「歎研(たんけん)」と呼ばれていた。全国の大学へと展開していき、統括する組織名は「全国歎異抄研究会」であった。全国歎異抄研究会の連盟委員長は親鸞会の学生部長が務めていた。
機関紙としては『行動』を発行し、各大学独自の発行物もあった。 [seaglet]

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